アラフィフ独女の奮闘記

生きづらさを抱えながら独り踏ん張ってきた。40歳を過ぎ、自分はアダルトチルドレンの回避依存だという事に気づきました。また、人一倍敏感な気質はHSPであることも…。今から人生脚本を書き換えられるか?日々の奮闘ぶりをつづります!

亡き両親への思いを馳せる 曹洞宗 観音院

杵築大社を後にし、もう一つ行ってみたい場所

駅からすぐの場所にある

 

曹洞宗 観音院

 

亡くなった両親を思いながら神社に行くのが

なんとなく気が引けて(?)

ここならば気兼ねなく思いを馳せられそう

 

 

 

広い敷地の立派なお寺です。

工事中の部分もあり

遠慮がちにお参り🙏

 

お賽銭箱の隣には

『懺悔滅罪』と書かれたノートが置かれ

自由に書き込めるようになっていました。

 

みなさん、思い思いに

お気持ちやメッセージを書かれていました。

 

拝んでいたら、なんだか泣けてきちゃった😢

 

 

 

あの世でも両親はケンカしてるのかな

苦しい事ばかりじゃなく

それなりに幸せだと言っていた事もあったよね

 

そんな時を思い出していて欲しい

 

私自身が仏になるには

もう少し時間がかかるかもしれないけれど

それまでしっかりと修行を続けますので

見守っていて下さいね

 

気持ちを落ち着けてお参りを済ませ

この後は吉祥寺でブラブラ🍂

 

人の多さにも圧倒されたけど

美味しい❗️可愛い❣️楽しい💕

誘惑が多すぎて笑笑

 

金欠の時には来ない方がいいかも💦

と、足早に帰宅の途につきました🤗

 

 

⛩産土神様⛩ どこですか??

今年はあちこち

お礼参りやら挨拶まわりやらで

神社⛩仏閣を巡っていますが

 

以前からお参りしたいと考えていた産土神の神社⛩

私は里帰り出産で遠方で産まれたようなので

なかなか行くにも計画的に行動する必要があり

そしてこのような場合は

日常的に生活していた土地の神様が良いのかな??

色々考えすぎても仕方がないので

まずは身近に行ける場所を訪れてみました。

 

私の中には記憶がないけれど

父の四十九日で 叔母が''楽しかった''と話していた頃

母も少しは幸せを感じていた…であろう時期

田舎から出てきて大変だったとも聞いたけれど

 

そんな思い出の場所に足を踏み入れてみる

 

過去にも一度、来たことがありました。

両親が新婚当時に住んでいたというアパートは

新しく建て替えられて綺麗になっていました

その場所を確認する事で

なんとか『家族』を取り戻したい気持ちがあったのかもしれない

 

2人はあの世で再会しただろうか?

 

そんな事を考えながら

駅から歩いて数分で到着

 

武蔵境 杵築大社

 

 

この神社には富士山🗻もあります‼️

 

 

山頂からの風景

御朱印は書き置きでした

境内で一休みし

なんだかホッとした気持ちになる

 

遺された私たち兄妹を見守っていて下さい🙏

と深く頭をさげて

 

 

向かいの弁天様にもお参り♪

 

 

そしてもう一ヶ所

行きたい場所へ 続く

ふらり 亀有へ

今年、この土地とのご縁を頂き

ご挨拶に伺いました❣️

 

⛩亀有香取神社

 

狛亀⁉️




 

 

懐かしいキャラクター⚽️

香取神社は勝負の神様なのかな?

足腰が強くなりますように🙏✨

 

書き置きですが

限定の御朱印を頂きました

 

お店も多く、楽しめそうな街並み

良いご縁になりますように☺️

揺れるインナーチャイルド

今年は頑張るだけでなく楽しもう✨

そんな目標を立てた2023年

決まりかけた事が白紙になり

かと思えば

諦めがついた頃に再燃…

体調不良や父の死

とても楽しむまでに至らないまま

1年の終わりを迎えてしまいました🥲

 

無事に父の四十九日は終える事が出来たのですが

叔母たちの話を聞いて

またもや私のインナーチャイルドは大きく揺さぶられ

父が亡くなった悲しみよりも

幼少の頃を思い出しては涙があふれる

そんな年末を過ごしています

 

叔母たちは、私の記憶にない頃の母や

私たち家族の事を知っていて

その頃が一番楽しかったと話してくれて

母をいつもニコニコしている人だと語ってくれた

それはとても嬉しいのだけれど

私にとっての母は

泣いているか怒っているかのどちらかで

外ではそんなに無理をしていたんだろうか

 

母も「幸せだった頃もある」と言っていた事もあったし

叔母の話が本当ならば

少なくとも愛情を受けて私は育っている

けれど「三つ子の魂百まで」という言葉

 

今の私は''愛情を受けて育った''大人になれているのか?

 

私はいつ、何を見て

「ひとりで生きる」という人生脚本を書いたんだろう

 

今まで生きてきた道を、自分で選択してきた事を

誇って生きて行こうと

ようやく思えたところだったのに

 

これまでの私は何だったんだろう…

 

そんな思いが浮かんでは消え

スッキリしないまま新しい年がスタートしそうです😞

 

改名後

運が変わるのは親が亡くなってから本格化すると聞いた

来年はどんな年になるのかな?

もう誰にも、何事にも振り回されずに生きていきたい

「これが自分だ!」と胸を張って行けるように

 

けれどひとつだけ、変化したのは

もう2度と生まれ変わりたくないと思っていた心が

次はもう少し気楽に生きられるよう

楽観的な人間として生まれ変わりたい

来世を受け入れられるようになった事…

というか、来世でリベンジしたくなった事😅

 

これは大きな

良い変化なのかもしれません💦

 

 

 

 

久しぶりの銀ブラ

近頃は『銀ブラ』なんて言葉を

つかう人はいるでしょうか😅

 

🎥グリーフケアの時代にを観に

久しぶりに有楽町に出かけ

そのまま銀座をブラブラする事に✨

 

銀座と言えば数寄屋橋の宝くじ😆

ここ数年、宝くじを買うゆとりもなかったな

衝動的ではあるけれど

人の波につられて窓口に並んでしまいました💦

1番窓口がいいな、と思いながらも

かなりの行列を見ては並ぶ気になれず

空いている窓口へ

 

いつからでしょう??

芝大神宮のお札が祀られてあるのには驚き‼️

宝くじ発祥の地なんだとか⁉️

こちらにご利益を求めている人もいましたが

忌中の私は躊躇いがあり

お札の下の招き猫チャンを撫で撫でしてきました😊♪

 

その後は、気ままにブラブラしたのですが

銀座の街も様変わりしましたね

行き交う人は外国の方が多く

30年程前のOL時代に来ていた頃とは店舗の雰囲気も全く違う

これだけ時代が変わったら

自分自身も変わりますよね

結局、銀座に来ても

ユ○クロやワ○クマンに入ってしまうワタシ😅

 

最後は赤い📎目指し

たくさんの文具を見て楽しみました🤗

 

🎥グリーフケアの時代に

ドキュメンタリー映画だったので

想像通りの内容ではあったけれど

人との繋がりが希薄になった事で生まれた言葉

けれど誰もが直面する事

 

いつか特別な支援としてではなく

必要な時に手に届くもの、心に感じられるものとなる事を

願っています✨

 

そして

父親に願掛け😆

独り者の娘が心配ならば

高額当選を…笑笑

 

 

それぞれのグリーフワーク

師走とは思えないポカポカ陽気☀️

 

父が息を引き取ってから

まだ四十九日も終えていないのですが

なんだか誰かと分かち合いたくて

かと言ってあちこち動きまわるほどのエネルギーもなく…

 

喪中ハガキを送ってくれた

10年来のお付き合いのある先輩と

久しぶりに会うことに♪

 

コロナ禍で閉店したお店も多くあったけれど

新しくオープンしたお店もあり

近場のカフェでまったり☺️

 

わざわざ遠くに行かなくても

こんな近くにくつろげる場があったのは

新たな発見です✨

 

カレーを食べるのは久しぶり!

元気になった証拠かな

 

 

オーガニック野菜のサラダに

にんじんドレッシング

 

この一帯は昔

にんじん畑が広がっていたそう🥕🥕🥕

 

 

テラスでお茶もしちゃいました🤗

 

 テラスに座るだけでエレガントな気分🌹

 

彼女はご両親を立て続けに亡くされ

又、このひと月で

3つもご葬儀に参列したとか

 

けれど日常の忙しさに

喪失と向き合う時間もなかったようで

お互い大切な時間となりました

 

この数年で

死が身近な事と感じられる事も多くなったけれど

本当に 本当に

自分自身の終わりを

しっかりと考える時期に差し掛かっているのかもしれない

 

過去を振り返り

ひとり

看取られることなく逝ったとしても

誰かのせいにする事もなく

穏やかな最期を迎えられるよう

心を清らかに

整えたいと思います🙏✨

 

亡き父に思いを寄せて

今月はじめ父が息を引きとりました。

入院から一週間足らず

風邪をこじらせたのかな?と軽く考えていたのですが

入院した時には既に肺は真っ白で、心不全も起こしていた

血栓も出来ているのではないかとの所見で

残りの命はわずかな状態だったよう。

 

面会禁止の中、短時間だけ会うことが許され

お別れの言葉を伝えようかと思ったけれど

父との最期の会話は

「また来るからね」と手を振り合った

 

平均寿命はなんとか越したし

なんとなく予期していたこと

けれど、どんな亡くなり方をしても

遺された者は後悔が残る

 

周囲の父に対するイメージが

私の中のイメージとあまりに違いすぎて

母にだけモラハラ夫だったのか?

その影響を多大に受けた私はなんだったんだろう

もっと違った角度から父を見る事が出来ていたら

もっと違った生き方が出来ていたのか?

 

みんな家族への愛情は持っていながら

どこでボタンを掛け違えてしまったんだろう

 

父の入院からスッタモンダしながらも

無事に葬儀を終え

兄妹2人で線香花火を手向けた

 

父は自分の死を受け入れただろうか?

今はお釈迦様の裁きを順番待ちしているところかな

 

この数日で父に対する思いも(ちょっとだけの恨みも)

昇華されたような気がしています。

 

これからの自分は変わっていけるかな

自分なりの幸せを感じられるよう

悔いのない毎日を過ごしたいと思います。

 

お花を頂きました。
喪に服しても暗い色にこだわらない所が嬉しい